愛卿伝
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)胡元《こげん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|輪《りん》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+(「甍」の「瓦」に代えて「目」)」、第4水準2−12−81]学無識《ぼうがくむしき》
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胡元《こげん》の社稷《しゃしょく》が傾きかけて、これから明が勃興しようとしている頃のことであった。嘉興《かこう》に羅愛愛《らあいあい》という娼婦があったが、容貌も美しければ、歌舞音曲の芸能も優れ、詩詞はもっとも得意とするところで、その佳篇麗什《かへんれいじゅう》は、四方に伝播せられたので、皆から愛し敬《うやま》われて愛卿と呼ばれていた。それは芙蓉《ふよう》の花のように美しい中にも、清楚な趣のあった女のように思われる。風流の士は愛卿のことを聞いて、我も我もと身のまわりを飾って狎《な》れなずもうとしたが、※[#「りっしんべん+(「甍」の「瓦」に代えて「目」)」、第4水準2−12−81]学無識《ぼうがくむしき》の徒は、とても自分達の相手になってくれる女でないと思って、今更ながら己れの愚しさを悟るという有様であった。
ある年のこと、それは夏の十六日の夜のことであった。県中の名士が鴛湖《えんこ》の中にある凌虚閣《りょうきょかく》へ集まって、涼を取りながら詩酒の宴を催した。空には赤い銅盤のような月が出ていた。愛卿もその席へ呼ばれて、皆といっしょに筆を執ったがまたたくまに四首の詩が出来た。
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画閣《がかく》東頭《とうとう》涼を納《い》る
紅蓮《こうれん》は白蓮《はくれん》の香《かぐわ》しきに似《し》かず
一|輪《りん》の明月《めいげつ》天水《てんみず》の如し
何《いず》れの処《ところ》か簫《しょう》を吹いて鳳凰《ほうおう》を引く
月は天辺《てんぺん》に出でて水は湖に在り
微瀾《びらん》倒《さかしま》に浸す玉浮図《ぎょくふと》
簾《すだれ》を掀《あ》げて姐娥《そが》と共に語らんと欲す
肯《あえ》て霓裳《げいしょう》一|曲《きょく》を数えんや無《いな》や
手に弄《ろう》す双頭《そうとう》茉莉《まつり》の枝
曲終って覚えず鬢雲《びんうん》の
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