日の灌仏会《かんぶつえ》の日がきて、阿宝が水月寺へ参詣するということを聞いて、朝早く往って道中で待っていた。そして車に乗ってくる人を注意していたが、あまりに一心になって見つめていたためにたちくらみがした。
 午ごろになって阿宝の車がやっと来た。阿宝は車の中から孫を見つけて、しんなりした手で簾《すだれ》を搴《あ》げて、目もはなさずに見つめた。孫はますます心を動かされて後から従いて往った。阿宝はとうとう侍女に言いつけて孫に尋ねさした。
「失礼ですが、あなたのお名前は」
 孫は殷懃《いんぎん》に言った。
「私は孫子楚というものでございます」
 孫の魂はますますぐらついた。そのうちに車は往ってしまった。孫はそこでやっと帰ってきたが帰るとまた病気になって、精神が朦朧となり、食事もせずに夢中になって阿宝の名を呼んだ。そして自分の魂の霊験のなくなったのを恨んだ。
 その孫の家には一羽の鸚鵡《おうむ》を飼ってあったが、急に死んでしまったので、児《こども》が持ってきて孫の榻の傍で弄《いじ》っていた。孫はそれを見てもし自分が鸚鵡になることができたなら、飛んで女の室へ往けるのだと思った。そして心をそれに注《
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