きなかった。家の者が気をつけてみると酔ったように解らなくなっていた。呼び起しても醒めなかった。家の者は魂を失ったのではあるまいかと思って、野原へ往って、魂を招く法式を行ったが効がなかった。強いて体を叩いて、
「おい、しっかりしろ、どうしたのだ」
 といって訊くと、孫はぼんやりした声で、
「俺は阿宝の家にいるのだ」
 と言った。家の者はもうすこし精《くわ》しいことを訊こうと思って問うたが、孫は黙ってしまってもう何も言わなかった。家の者は驚き惑うばかりで理由が解らなかった。
 はじめ孫は、阿宝の帰って往くのを見て、捨ててゆけない気になると共に、自分の体がそれに従いて往くのを感じた。そして、やっとその帯の間にひっついたが、べつに叱る者もなかった。とうとう女の家へ帰って、寝る時も坐る時もいつもいっしょにいるようになった。孫は甚だ得意であったが、ひもじいので、一度家へ帰ろうと思っても路が解らなかった。
 女は毎晩夢の中で男に愛せられるので、
「あなたは、何人《だれ》」
 と言って訊いた。すると男は、
「私は孫子楚だよ」
 と言った。女は心のうちで不思議に思ったが、人に言うべきことでもないから黙っ
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