ているので、どんな女であるか一度見たいと思って喜んで随いて往った。
ふと見ると遠くの方の樹の下に女が休んでいて、それを少年達が取り巻いて人牆《ひとがき》をつくっているのが見えた。すると皆が言った。
「あれはきっと阿宝だよ」
急いで往って見ると果して阿宝であった。孫はそれをじっと見た。それは娟麗《けんれい》ならぶものなき女であった。みるみる人が多くなってきた。女は起って急いで往ってしまった。群衆の感情が沸き立って女の頭のことを言い、足のことを言い、それは紛々《ふんぷん》として狂人のようであったが、孫は独り考えこんでいた。
孫の友人達はむこうの方へ往ってふりかえった。孫はまだ故《もと》の所に白痴《ばか》のようになって立っていた。友人達は声を揃えて呼んでみたが、孫は返事もしなければ見向きもしなかった。友人達は皆で往って引っぱった。
「おい魂が阿宝に随いて往ったのじゃないかい」
孫は考えこんだまま返事もしなかった。皆は孫の平生のぼんやりを知っているので怪しまなかった。そこで皆で手を引いたり後ろから推したりして帰ってきた。そして家へ帰った孫は、すぐ榻《ねだい》の上にあがって寝たが、終日起
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