は毎日笑っていて、兵火のことなどは考えていなかった。ある夜四方が騒がしくなった。どうも土寇が襲って来たようであるから皆が驚いたが、どうしていいかわからなかった。と、俄《にわか》に門の外で馬の嘶《いなな》く声と人のわめく声が交って聞えだしたが、やがてそれががやがやと騒ぎながらいってしまった。
夜が明けてから事情が解った。土寇の群は掠奪《りゃくだつ》をほしいままにして、家を焼き、巌穴《いわあな》に匿《かく》れている者まで捜し出して、殺したり虜《とりこ》にしたりしていったのであった。甘の家ではますます阿英を徳として、神のように尊敬した。不意に阿英は嫂にいった。
「私がこちらへあがりましたのに、嫂さんがこれまで私に尽してくだされたことが忘れられないので、盗賊の難儀を分けあったのですが、兄さんがいらっしゃらないから、私は諺にいう、李にあらず奈にあらず、笑うべき人なりということになります。私はこれから帰って、また間《ひま》を見て一度伺います。」
嫂は訊いた。
「旅に出ている者は無事でしょうか。」
阿英はいった。
「途中に大きな災難がありますが、これは秦の姉が大恩を受けておりますから、きっと恩
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