他の室《へや》へいって寝たが、朝になって女の所へいってみると、女は帰ったのかもういなかった。玉はそこで近村を尋ねてみたが秦という姓の家はすくなかった。親戚や朋友に頼んで広く探してもらったが、その方でも確実な消息が解らなかった。玉は家へ帰って弟と話して残念がった。
ある日|※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]《かく》は一人で郊外に遊びにいっていたところで、十五、六に見える一人の女郎《むすめ》に遇った。それは美しい女であったが、※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]の方を見てにっと笑って、何かいいたそうにしたが、やがて秋波《ながしめ》をして四辺《あたり》を見た後にいった。
「あなたは、甘家の弟さんですね。」
※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は言った。
「そうです。」
女はいった。
「あなたのお父様が、昔、私とあなたの結婚の約束をしてあったのです。それなのに、その約束を破って、秦家と約束をなさるのですか。」
※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]はいった。
「私は小さかったから、そんなことはちっとも知らなかったのです。どうかあなたの家柄をいってください。帰って兄に訊いてみますから。」
女はいった。
「そんな面倒なことはおよしなさい。ただあなたが可《よ》いと一言いってくださるなら、私が自分でまいります。」
※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は、
「兄さんにいわれていないから、訊かなくちゃ。」
といった。女は笑った。
「あなたは、馬鹿よ。なぜそんなに兄さんを恐れるのです。もうこうして約束しているじゃありませんか。私は陸ですよ。山東の山望《さんぼう》村にいるのですよ。三日のうちに、私がまいります。待っててください。」
そこで女は別れていった。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は帰ってそれを兄と嫂《あによめ》に話した。玉はいった。
「それは間違っている。お父さんの没くなった時は、私は二十歳あまりであったから、もし、そんなことがあったら、聞かないことはないのだ。」
玉はまたその女が野原を独《ひと》りで歩いていて、男になれなれしく話をしかけたというのでひどく鄙《いやし》んだ。そこで玉は※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]にその顔だちを訊いた。※[#「王+玉」、第3水準1−87−90]は顔を紅くして返事をすることができなか
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