あつて、それが四畳半位でしたよ。其所で両足を投げ出して休みながら見ますと、壁に西洋人の額が懸つてをるぢやありませんか、それが、何時かあなたに見せて戴いた、トルストイですかね、偉い露西亜の小説家の肖像ですよ、」
「何んだ、それは夢か、」
 夫は飯を貰ひながら笑つた。
「それがどうも夢のやうぢや無いんですよ。松の木の色も、葉の色も、波の音も、家の様も、なんでもかでも、ちやんと分つてゐるんですよ、」
「それが夢さ、宵に海岸の話をしてゐたから夢に見んだらう、」
「でも夢ぢやないやうよ、それで玄関で休んでゐると、赤ん坊の泣声がするぢやありませんか、私は赤ん坊が見たくなつたので、右の方から這入つて見ると、茶の間があつて、その先に縁側がありますから、縁側に出て見ると、赤ん坊は直ぐ次の室に寝てゐるやうですから、其所へ這入つて見ると、御夫婦が寝てゐて、奥様は円顔の女優髷にした、それはきつさうな方ですよ、私が赤ん坊を覗いてゐると、眼を覚まして、どなた、何しに来たのだつて怒るんですよ、私は平気で、赤ん坊を見に来たと云つてやると、その奥様が怒つちやつて、大声で旦那を起したもんだから、旦那が寝ぼけて跳び起きたん
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