がらねばならんし、夫を傍へ来て貰はうとすれば手を鳴らして女中を呼ばねばならなかつた。彼にはそれもこれも憶劫で仕方がなかつた。
 京子は右枕に寝返りした。新しい冷たさが手足に心好かつた。彼は一昨年の春に流産をして以来何処といつて定まつた所はないが、始終頭痛がしたり軽い眩暈を感じたり、その上体がだるくて熱ざした。一年ばかり無くなつてゐた月の物も、昨年からあるにはありだしたが、平生も不順勝で時とすると妊娠でないかと思はれるやうなこともあつた。その日も二三日前からだらけてゐた体が、前晩あたりからえらい熱病にでも罹つたやうに、熱ざしてほてるのでかかり付けの医師に行つて来たところであつた。
「嘔気を覚えるやうなことはありませんか、」
 医師は妊娠の下地ではないかと疑をおいたらしかつた。月の五六日にあるべき筈の月の物がその時も十日ほど延びてゐた。
 勝手の方で瀬戸物を落したやうな音がした。女中が又何かそさうをしたのであらうと思つた。指の先が棒のやうな感じのする赤黒い静脈の蚯蚓のやうに浮あがつた女中の手が其所にあつた。風かそれとも、遠くの方を行く汽車の音とでも云ふやうな、平生も耳に這入つて来る雑音が聞
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