えて来た暗いもやもやした憂鬱がこの雑音に絡らみついてしまつた。彼はだるい体の向を又変へた。
 心好い濁のない風が吹いた。と、青い松の葉の一つづつがその風に動いた。その松の葉へは月が射してゐた。黒い松の幹が飛び飛びに見えた。足許にはメリケン粉のやうに白い踏んでも音のしない砂があつた。時々波の音が思ひだしたやうにざあざあと聞えた。京子は無心になつて何も考へないで足の向く儘に歩いて行つた。
 ちひさな砂丘をだらだらとおりると、ちひさな川が流れてゐて板橋が渡してあつた。橋の向ふにはぼんやり月の光の射した松林の丘があつて、其所には二三軒の別荘風の家が見えてゐた。そろそろと板橋を渡つた京子は、疲びれて休みたくなつたので、とつ着きの家の方へと行つた。家の前には真砂を敷いたかなり広い路が通じてゐた。彼はその路を横切つて門口へと行つた。門の左右には竹の菱垣をして、船板で拵へた門の扉を閉めてあつた。
 門の扉は京子を遮らなかつた。彼は自分の家へでも這入つて行くやうに這入つてしまつた。閉めてあつた玄関の戸も彼女を拒まなかつた。中には四畳半位の玄関の室があつた。彼は其所へ疲びれた足を投げ出して坐つた。室の見付
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