家は空いてるかね、」
「空いてます、」
「一ヶ月位貸さないだらうか、」
「貸さないことは無いでせうが、この家は、変な家ですよ、先月まで此所にゐた東京者が、赤ん坊を妙な女に締め殺されたつて、借り手が無いんですよ、」
夫は妙な顔をして京子をちらと見た。京子は真青な顔をしてゐた。
「ぢや、まあ宿屋へ行つてからのことにしよう、縁起の悪い家はいけない、」
夫は斯う云つて海岸の方へと歩き出した。京子は並ぶやうにして歩いた。二人はもう何も云はなかつた。向ふの方から老人が一人やつて来た。老人は二人にすれ違はうとして京子の顔をぢつと見た。そしてその眼を車夫に移した、車夫とは見知越の顔であつた。二人は立ちながら何か話しだした。
夫と京子の二人は半町ばかり向ふに歩いてゐた。老人と分れた車夫が早足に追いついて来た。
「旦那、今の男があの家の家主ですよ、」
「さうかね、」
夫は斯う云つたきりで何んとも云はなかつた。車夫は京子の方へ言葉をかけた。
「奥様は、一度、此方へお出でになつた事がありますか、今の男が、何処かでお見かけしたやうだと云つてをりますよ、」
京子は返事をしなかつた。
「いや、これは此方は
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