気持がしなかつた。学校へ行つてから、高等科へ来てゐる木賃宿の子供を呼んで、これこれの男が昨晩泊つたかと訊いた。子供は泊つたと答へた。甲田は愈《いよいよ》俺は訛《だま》されたと思つた。そして、其奴《そいつ》が何か学校の話でもしなかつたかと言つた。子供は、何故こんな事を聞かれるのかと心配相な顔をし乍ら、自分は早くから寝てゐたからよくは聞かないが、家《うち》の親爺《おやぢ》と何か先生の事を話してゐたやうだつたと答へた。
『どんな事?』と甲田は言つた。
『どんな事つて、なんでもあの先生のやうな人をこんな田舎に置くのは、惜しいもんだつて言ひました。』
 甲田は苦笑ひをした。
 その翌日である。恰度授業が済んで職員室が顔揃ひになつたところへ、新聞と一緒に甲田へ宛てた一枚の葉書が着いた。甲田は、「○○市にて、高橋次郎吉」といふ差出人の名前を見て首を捻《ひね》つた。裏には斯《か》う書いてあつた。
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My dear Sir, 閣下の厚情万謝々々。身を乞食にやつして故郷に帰る小生の苦衷御察し被下度《くだされたく》、御恩は永久に忘れ不申《まをさず》候。昨日御別れ致候後、途中腹痛にて困難
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