の銀貨をつまみ上げて、
『これだけ拝借します。あれは学生なんです。』
 そして小使室に来ると、学生はまだ煙草を喫んでゐた。
 屹度為替で返すといふことを繰返して言つて、学生はその金を請《う》けた。そして甲田の名を聞いた。甲田は、『返して貰はなくても可い。』と言つた。然し学生は諾《き》かなかつた。風呂敷包みから手帳を出して、是非教へて呉れと言つた。万一金は返すことが出来ないにしろ、自分の恩を受けた人の名も知らずにゐるのは、自分の性質として心苦しいと言つた。甲田は矢張、『そんな事は何《ど》うでも可いぢやありませんか。』と言つた。学生は先刻《さつき》から其処《そこ》にゐて二人の顔を代る代る見てゐた子供に、この先生は何といふ先生だと訊いた。甲田は可笑《をか》しくなつた。又、面倒臭くも思つた。そして自分の名を教へた。
 間もなく学生は、礼を言つて出て行つた。出る時、○○市までの道路を詳しく聞いた。今夜は是非○○市に泊ると言つた。時計は何時だらうと聞いた。三時二十二分であつた。出て行く後姿を福富も職員室の窓から見た。そして、後で甲田の話を聞いて、『気の毒な人ですねえ。』と言つた。
 ところが、翌朝
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