缺席の多くなるべき月に、これ以上歩合を上せては、郡視學に疑はれる惧《おそ》れがある。尤も、今後若し六十以下に下るやうな事があつたら、仕方がないから私も屹度その祕傳を遣るつもりだと辯解した。甲田は女といふものは實に氣の小さいものだと思つた。すると福富は又媚びるやうな目附をして斯う言つた。
『ほんとはそれ許りぢやありませんの。若しか先生が、私に彼樣《あゝ》言つて置き乍ら、御自分はお遣《や》りにならないのですと、私許り詰りませんもの。』
甲田はアハハと笑つた。そして心では、對手に横を向いて嗤《わら》はれたような侮辱を感じた。『畜生!矢つ張り年を老つてる哩《わい》!』と思つた。福富は甲田より一つ上の二十三である。――これは二月も前の話である。
甲田は何時しか、考へるともなく福富の事を考へてゐた。考へると言つたとて、別に大した事はない。福富は若い女の癖に、割合に理智の力を有つてゐる。相應に物事を判斷してゐれば、その行ふ事、言ふ事に時々利害の觀念が閃く。師範學校を卒業した二十三の女であれば、それが普通なのかも知れないが、甲田は時々不思議に思ふ。小説以外では餘り若い女といふものに近づいた事のない
前へ
次へ
全27ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング