が明いてる所へヘシ込んで了つた。
間もなく下では何か物に驚いた声がして、続いて笑声が起つたが、渠は「敷島」を美味《うま》さうに吹かしながら、呼吸を深くして腹を凹ましたり、出したり、今日位腹を減らした事がないなどと考へて居た。
所へ階段《はしご》を上る足音がしたので、来たナと思つたから、腹の運動を止めて何気ない顔をしてると、以前の若い男が小腰を屈めて障子を明けた。
『ヘイ、これは旦那のお足袋ぢや厶いませんか? 鼠が落《おつ》こちたかと思つたら、足袋が降つて来たと云ふので、台所ぢや貴方、吃驚いたしましたんで。ヘイ、全く、怎も、ヘイ。』と妙な薄笑をし乍ら、今し方壁の鼠穴へヘシ込んだ許りの濡れた古足袋を、二つ揃へて敷居際に置いたなり、障子を閉めて狐鼠々々《こそこそ》下りて行く。
呆然として口を開いた儘聞いて居た渠は、障子が閉まると、クワツと許り上気して顔が火の出る程赤くなつた。恥辱の念と憤怒の情が、ダイナマイトでも爆発した様に、身体中の血管を破つて、突然《いきなり》立上つたが、腹が減つてるのでフラフラと蹌踉《よろめ》く。
よろめく足を踏み耐《こた》へて、室から出ると、足音荒く階段を下り
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