姉の所へ行つて来ましたの。マア貴方は酔つていらつしやるわね。』
『酔つて? 然うです、然うです、少し飲《や》つて来ました。だが女一人で此路は危険《けんのん》ですぜ。』
『慣れてますもの。』
『慣れて居ても危険は矢張危険ぢやないですか。危険! 若しかすると恁うしてる所へ石が飛んで来るかも知れません、石が。』と四辺を見廻したが、一町程|先方《むかう》から提燈が一つ来るので、渠は一二歩|後退《あとずさ》つた。『僕だつて一人歩いてると、チト危険な事があります。』
『マア。ですけど今夜は、宅が風邪の気味で寝《やす》んでるもんですから、厭だつたけど一人行つて来ましたの。』
『然うですか。』と云つたが、フン、宅とは何だい? 俺の前で嬶《かかあ》ぶらなくたつて、貴様みたいな者に手をつけるもんか。と云ふ気がして、ツイと女を離れたなり、スタ/\駆け出した。腥さい笑に眼は暗《やみ》ながらギラギラ光つて居た。
恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》風に、彼は一時間半か二時間の間、盲目《めくら》滅法駆けずり廻つて居たが、其間に酔が全然醒めて了つて、緩んだと云
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