間に殆んど確信されて居た。それから、其お定といふのが、或朝竹山の室の掃除に来て居て、二つ三つの戯談を云つてから、恁※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《こんな》話をした事があつた。
『野村さんて、余程面白い方ねえ。』
『怎《どう》して?』
『怎してツて、オホヽヽヽ。』
『可笑しい事があるもんか?』
『あのね、……駿河台に居る頃は随分だつたわ。』
『何が?』
『何がツて、時々淫売婦なんか伴れ込んで泊めたのよ。』
『其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事をしたのか、野村君は?』
『黙つてらつしやいよ、貴方。』と云つたが、『だけど、云つちや悪いわね。』
『マア云つて見るさ。口出しをして止すツて事があるもんか。』
『何日だつたか、あの方が九時頃に酔払つて帰つたのよ、お竹さんて人伴れて。え、其人は其時初めてよ。それも可いけど、突然《いきなり》、一緒に居た政男さん(従弟)に怒鳴りつけるんですもの、政男さんだつて怒りますわねえ。恰度空いた室があつたから、其晩だけ政男さんは其方へお寝《やす》みになつたんですけど、朝になつたら面白いのよ。』
『馬鹿な、怎したい?』
『野村さんがお金を出したら、要《い》らないつて云ふんですつて、其お竹さんと云ふ人が。そしたらね、それぢや再《また》来いツて其儘帰したんですとさ。』
『可笑しくもないぢやないか。』
『マお聞きなさいよ。そしたら其晩|再《また》来ましたの。野村さんは洋服なんか着込んでらつしやるから、見込をつけたらしいのよ。私其時取次に出たから明細《すつかり》見てやつたんですが、これ(と頭に手をやつて、)よりもモツト前髪を大きく取つた銀杏返しに結つて、衣服《きもの》は洗晒しだつたけど、可愛い顔してたのよ。尤も少し青かつたけど。』
『酷い奴だ。また泊めたのか?』
『黙つてらつしやいよ、貴方。そしたら野村さんが、鎌倉へ行つたから二三日帰らないツて云へと云ふんでせう。私可笑しくなつたから黙つて上げてやらうかと思つたんですけどね。※[#「口+云」、第3水準1−14−87]咐《いひつか》つた通り云ふと、穏《おとな》しく帰つたのよ。それからお主婦さんと私と二人で散々|揄揶《からか》つてやつたら、マア野村さん酷い事云つたの。』と竹山の顔を見たが、『あの女は息が臭い
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