許り心懸けて居ります。そして昨晩《ゆうべ》も遲くまで、』と急に句を切つて、堅く口を結んだ。
『然《さ》う昨夜《ゆうべ》も、』と竹山は呟く樣に云つたが、ニヤニヤと妙な笑を見せて、『病院の窓は、怎うでした?』
野村はタヂタヂと二三歩|後退《あとしざ》[#「二三歩|後退《あとしざ》」は底本では「二三|歩退《あとしざ》」]つた。噫、病院の窓! 梅野とモ一人の看護婦が、寢衣に着換へて薄紅色の扱帶《しごき》をした所で、足下には燃える樣な赤い裏を引覆《ひつくらか》へした、まだ身の温りのありさうな衣服! そして、白い脛が! 白い脛!
見開いた眼には何も見えぬ。口は蟇の樣に開けた儘、ピクリピクリと顏一體が痙攣《ひきつ》けて兩側で不恰好に汗を握つた拳がブルブル顫へて居る。
「神樣、神樣。」と、何處か心の隅の隅の、ズッと隅の方で…………。
底本:「石川啄木作品集 第二巻」昭和出版社
1970(昭和45)年11月20日発行
※底本の疑問点の確認にあたっては、「啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房、1967(昭和42)年7月30日初版第1刷発行を参照しました。
※底本では、一部新旧漢字が混在している
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