に重なり合ふ樣になつて寢て居るのだが、渠は慣れて居るから、其等の顏を踏附ける事もなく、壁際を傳つて奧の襖を開けた。
 此室《こゝ》も又六疊間で、左の隅に据ゑた小さい机の上に、赤インキやら黒インキやらで散々樂書をした紙笠の、三分心の洋燈が、螢火ほどに點《とも》つて居た。不取敢《とりあへず》その※[#「心/(心+心)」、135−上−6]を捻上げると、パッと火光《あかり》が發して、暗に慣れた眼の眩しさ。天井の低い薄汚ない室の中の亂雜《だらしなさ》が一時に目に見える。ゾクゾクと寒さが背に迫るので、渠は顏を顰蹙《しか》めて、火鉢の火を啄《ほじく》つた。
 同宿の者が三人、一人は入口の横の三疊を占領してるので、渠は郵便局に出て居る佐久間といふ若い男と共に此六疊に居るのだ。佐久間はモウ寢て居て、然も此方へ顏を向けて眠つてるが、例の癖の、目を全然《すつかり》閉ぢずに、口も半分開けて居る。渠は、スヤスヤと眠つた安らかな其顏を眺めて、聞くともなく其寢息を聞いて居たが、何かしら恁う自分の心が冷えて行く樣な氣がする。此男は何時でも目も口も半分開けて寢るが、俺も然《さ》うか知ら。俺は口だけ開けてるかも知れぬ、な
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