して、「許して下さい。」と囁《さゝや》いて、暗の中から眞白な手を延べる。……噫、彼奴、彼奴、小野山の奴、アノ畜生が來た許りに……。
 渠は恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《こんな》事を止度《とめど》もなく滅茶苦茶に考へ乍ら、目的《あて》もなく唯町中を彷徨《うろつ》き※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて居た。何處から怎《どう》歩いたか自身にも解らぬ。洲崎町の角の煙草屋の前には二度出た。二度共硝子戸越に中を覗いて見たが、二度共例の恥かしがる娘が店に坐つてなかつた。暗い街から明るい街、明るい街から暗い街、唯モウ無暗に驅けずり※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて、同じ坂を何度上つたか知れぬ。同じ角を何度曲つたか知れぬ。
 が、渠は矢張明るい街よりも、暗い街の方を多く選んで歩いて居た。そして、明るい街を歩く時は、頭腦が紛糾《こんがら》かつて四邊《あたり》を甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》人が行かうと氣にも止めなかつたに不拘《かゝはらず》、時として右側に逸《そ》れ、時と
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