云ふ人が。そしたらね、それぢや再《また》來いツて其儘歸したんですとさ。』
『可笑《をか》しくもないぢやないか。』
『マお聞きなさいよ。そしたら其晩|再《また》來ましたの。野村さんは洋服なんか着込んでらつしやるから、見込をつけたらしいのよ。私其時取次に出たから明細《すつかり》見てやつたんですが、これ(と頭に手をやつて、)よりもモット前髮を大きく取つた銀杏返しに結つて、衣服《きもの》は洗晒しだつたけど、可愛い顏してたのよ。尤も少し青かつたけど。』
『酷い奴だ。また泊めたのか?』
『默つてらつしやいよ、貴方《あなた》。そしたら野村さんが、鎌倉へ行つたから二三日歸らないツて云へと云ふんでせう。私可笑しくなつたから默つて上げてやらうかと思つたんですけどね。※[#「口+云」、第3水準1−14−87]咐《いひつか》つた通り云ふと穩《おとな》しく歸つたのよ。それから主婦さんと私と二人で散々|揶揄《からか》つてやつたら、マア野村さん酷い事云つたの。』と竹山の顏を見たが、『あの女は息が臭いから駄目なんですツて。』と云ふなり、疊に突伏して轉げ※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]つて笑つた。
 
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