、或時宿の女中の十二位なのに催眠術を施《か》けて、自分の室に閉鎖《とぢこ》めて、半時間許りも何か小聲で頻りに訊ねて居た事があつた。隣室の人の洩れ聞いたんでは、何でも其財産問題に關した事であつたさうな。渠は平生、催眠術によつて過去の事は勿論、未來の事も豫言させる事が出來ると云つて居た。
竹山の親しく見た野村良吉は、大略前述の樣のものであつたが、渠は同宿の人の間に頗る不信用であつた。野村は女學生を蕩《たら》して弄んで、おまけに金を捲上げて居るとか、牧師の細君と怪しい關係を結んでるさうだとか、好からぬ噂のみ多い中に、お定と云つて豐橋在から來た、些と美しい女中が時々渠の室に泊るという事と、宿の主婦――三十二三で、細面の、眼の表情《しほ》の滿干《さしひき》の烈しい、甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》急がしい日でも髮をテカテカさして居る主婦《おかみ》と、餘程前から通じて居るといふ事は、人々の間に殆んど確信されて居た。それから、其お定といふのが、或朝竹山の室の掃除に來て居て、二つ三つ戲談を云つてから、恁※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」
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