、凝然《じつ》と其友の後姿を見送ツて居たが、浪の音と磯の香に犇々《ひしひし》と身を包まれて、寂しい様な、自由になツた様な、何とも云へぬ気持になツて、いひ知らず涙ぐんだ。不図、先刻の三台の荷馬車を思出したが、今は既に影も見えない。此処まで来たとは気が付かなかツたから、多分浪打際を離れて町へ這入ツて行ツたのであらう。一彎の長汀ただ寂莫として、砕くる浪の咆哮が、容赦もなく人の心を劈《つん》ざく。黒一点の楠野君の姿さへ、見る程に見る程に遠ざかツて行く。肇さんの頭は低く垂れた。垂れた頭を起すまいとする様に、灰色の雲が重々しく圧へつける。[#地から2字上げ](未完)
[#ここから6字下げ、折り返して7字下げ、21字詰め]
〔(一)[#「(一)」は縦中横]は「紅苜蓿」明治四十年七月号、(二)[#「(二)」は縦中横]〜(四)[#「(四)」は縦中横]は生前未発表・明治四十年八月稿〕
[#ここで字下げ終わり]



底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
   1978(昭和53)年10月25日初版第1刷発行
   1993(平成5年)年5月20日初版第7刷発行
初出:(一)「紅苜蓿 第七冊」
  
前へ 次へ
全33ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング