』
『忠志君の話の方が駄目にしても、何か必ず見付かるよ。』
『然か。』
『君は英語が巧い筈だツけね。』
『筈には筈だツけが、今は怎だかな。』
『まあ可さ。但し当分は先づ食ツて行けるだけでも、仕方がないから辛抱するさ。』
『委せたんだから、君が可い様にしてくれるさ。』
『秋まで辛抱してくれ給へ。そしたら何か必ず行《や》らう、ね君。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。やるとも。』と云ツて、肇さんは復仰向になつた。
会話《はなし》が断《き》れると、浪の音が急に高くなる。楠野君は俄かに思出したと云ツた様に、一寸時計を出して見たが、
『あ、もう十二時が遂《とう》に過ぎて居る。』と云ツて、少し頭を拈《ひね》ツて居たが、『怎だ君、今夜少し飲まうぢやないか。』
『酒をか?』
『これでも酒の味位は知ツてるぞ。』
『それぢや今は教会にも行かんだらう。』
『無論。……解放したんだ。』
『教会から信仰を。』
『一切の虚偽の中から自己をだ。』
『自己を! フム、其自己を、世の中から解放して了ふことが出来んだらうか。』
『世の中から?』
『然だ、世の中から辞職するんだ。』
『フム、君は其※[#「麾
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