砂の上に投げ出してある紙莨を一本とつて、チョと燐寸《マツチ》を擦つたが、見えざる風の舌がペロリと舐めて、直ぐ滅《き》えた。復擦つたが復滅えた。三度目には十本許り一緒にして擦る。火が勢よく發した所を手早く紙莨に移して、息深く頬を凹ませて吸うた煙を、少しづつ少しづつ鼻から出す。出た煙は、出たと見るまもなく海風に散つて見えなくなる。
 默つて此樣を見て居た忠志君の顏には、胸にある不愉快な思が、自づと現れて來るのか、何樣澁い翳《かげ》が漲つて、眉間の肉が時々ピリ/\と動いた。何か言はうとする樣に、二三度口を蠢《うごめ》かしてチラリ仰向の男を見た目を砂に落す。『同じ事許り繰返していふ樣だが、實際|怎《どう》も、肇《はじめ》さんの爲方《やりかた》にや困つて了ふね。無頓着といへば可のか、向不見《むかうみず》といへば可《いゝ》のか、正々堂々とか赤裸々とか君は云ふけれど露骨に云へや後前《あとさき》見ずの亂暴だあね。それで通せる世の中なら、何處までも我儘通して行くも可さ。それも君一人ならだね。彼※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《あんな》に年老つた伯母さんを、…
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