を知らんのだね。』
『何だ、其黒文字とは?』
『小楊枝のこツた。』
『小楊枝が怎《どう》したと云ふんだ。』
『黒文字ツて出すんださうだ。』
『小楊枝をか?』
『然《さう》さ、クドイ男だ喃《なあ》。』
『だツて解らんぢやないか。』
『解ツてるよ、藝妓が黒文字ツて小楊枝を客の前に出すんだ。』
『だからさ、それに何處に趣味があるんだ。』
『楊枝入は錦かなんかの、素的に綺麗なものなさうだ。それを帶の間から引張り出して、二本指で、一寸《ちよい》と隅の所を捻《ひね》ると、楊枝入の口へ楊枝が扇形に頭を並べて出すんださうだ。其楊枝が君、普通《あたりまへ》の奴より二倍位長いさうだぜ。』
『出す時黒文字ツて云ふんだね。』
『さうだ。』
『面白いことを云ふね。』
『面白いだらう。』
『何處で那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》ことを覺えたんだ?』
『役場の書記から聞いた。』
『ハハア、兎も角今夜は飮まうよ。』

      四

『怎《どう》だ、ソロソロ歸るとしよう。』と云ツて、楠野君は傍らに投げ出してあツた風呂敷を引張り寄せた。風呂敷の中から、大きい夏
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