方と二人ツ限《き》りになると、泣きたくなツたりして。』
 肇さんは、恁《かう》云ツて、温和《あたゝか》い微笑を浮かべ乍ら、楠野君の顏を覗き込んだ。
『僕も然《さう》だよ。日頃はこれでも仲々意氣の盛んな方なんだが、昨夜君と逢ツてからといふもの、怎《どう》したもんか意氣地の無い事を謂ひたくなる。』
『一體|何方《どつち》が先きに弱い音を吹いたんだい。』
『君でもなかツた樣だね。』
『君でもなかツた樣だね。』 
『何方《どつち》でも無いのか。』
『何方でも無いんだ。ハハヽヽヽヽ。』と笑つたが、『胸に絃《いと》があるんだよ。君にも、僕にも。』
『これだね。』と云ツて、楠野君は礑《はた》と手を拍《う》つ。
『然だ、同じ風に吹かれて一緒に鳴り出したんだ。』
 二人は聲を合せて元氣よく笑ツた。
『兎も角|壯《さか》んにやらうや。』と楠野君は胸を張る。
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。やるとも。』
『僕は少し考へた事もあるんだ。怎《どう》せ君は、まあ此處に腰を据ゑるんだらう。』
『喰ひ詰めるまで置いて貰はう。』
『お母さんを呼ばう。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。呼ばう
前へ 次へ
全32ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング