ずして、僕が最後の通告を諸方へ飛ばし、自ら令を下して全校の生徒を休學せしめた時から、豫定の如く免職になり、飄然として故郷の山河を後にした時まで、始終僕の心を解して居てくれたのは、實に唯彼の老助役一人だツたのだ。所謂知己だね。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、それや知己だね。……知己には知己だが、唯一人の知己だね。』
『怎《どう》して二人と無いもんだらう。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》……』
『一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは四人、噫。』と、肇さんは順々に指を伏せて見たが、『君。』と強く謂ツて、其手でザクリと砂を攫んだ。『僕も泣くことがあるよ。』と聲を落す。
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》。』
『夜の九時に青森に着いて、直ぐに船に乘ツたが、翌朝でなけれや立たんといふ。僕は一人甲板に寢て厭な一夜を明かしたよ。』
『……………………』
『感慨無量だツたね。……眞黒な雲の間から時々片破月の顏を出すのが、恰度やつれた母の顏の樣ぢやないか。……母を思へば今でも泣きたくなるが。……終《しまひ》にや山も川も人間の顏もゴチ
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