ンを以て任じた君が、月給八圓の代用教員になツたのでさへ一つの教訓だ。況《ま》してそれが、朝は未明から朝讀、夜は夜で十一時過ぎまでも小兒等と一緒に居て、出來るだけ多くの時間を小兒等のために費やすのが滿足だと謂ふのだから、宛然《さながら》僕の平生の理想が君によつて實行された樣な氣がしたよ。あれあ確か去年の秋の手紙だツたね。文句は僕がよく暗記して居る、そら、「僕は讀書を教へ、習字を教へ、算術を教へ、修身のお話もするが、然し僕の教へて居るのは蓋し之等ではないだらうと思はれる。何を教へて居るのか、自分にも明瞭《はつきり》解らぬ。解らぬが、然し何物かを教へて居る。朝起きるから夜枕につくまで、一生懸命になツて其何物かを教へて居る。」と書いてあつたね。それだ、それだ。完《ま》ツたくそれだ、其何物かだよ。』
『噫、君、僕は怎《どう》も樣々思出されるよ。……だが、何だらうね、僕の居たのは田舍だツたから多少我儘も通せたやうなものの、恁《かう》いふ都會めいた場所《ところ》では、矢張駄目だらうね。僕の一睨みですくんで了ふやうな校長も居まいからね。』
『駄目だ、實際駄目だよ。だから僕の所謂改造なんていふ漸進主義は
前へ 次へ
全32ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング