つら》の皺を作つて、眞白の雪の舌が出る。出たかと見ると、其舌がザザーッといふ響きと共に崩れ出して、磯を目がけて凄まじく、白銀の齒車を捲いて押寄せる。警破《すは》やと思ふ束の間に、逃足立てる暇もなく、敵は見ン事|颯《さつ》と退《ひ》く。退いた跡には、砂の目から吹く潮の氣が、シーッと清《すゞ》しい音を立てゝ、えならぬ強い薫を撒く。
『一體肇さんと、僕とは小兒の時分から合はなかつたよ。』と忠志君は復不快な調子で口を切る。『君の亂暴は、或は生來《うまれつき》なのかも知れないね。そら、まだお互に郷里《くに》に居て、尋常科の時分だ。僕が四年に君が三年だつたかな、學校の歸途《かへり》に、そら、酒屋の林檎畑へ這入《はい》つた事があつたらう。何でも七八人も居たつた樣だ。………………。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、さうだ、僕も思出す。發起人が君で、實行委員が僕。夜になつてからにしようと皆《みんな》が云ふのを構ふもんかといふ譯で、眞先に垣を破つたのが僕だ。續いて一同《みんな》乘り込んだが、君だけは見張をするつて垣の外に殘つたつけね。眞紅《まつか》な奴が枝も裂けさうになつてるのへ、
前へ 次へ
全32ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング