眞先に僕が木登りして、漸々《やう/\》手が林檎に屆く所まで登つた時「誰だ」つてノソ/\出て來たのは、そら、あの畑番の六助爺だよ。樹下《した》に居た奴等は一同《みんな》逃げ出したが、僕は仕方が無いから默つて居た。爺奴《ぢゞいめ》嚇《おどか》す氣になつて、「竿持つて來て叩き落すぞつ。」つて云ふから「そんな事するなら恁《か》うして呉れるぞ。」つて、僕は手當り次第林檎を採《と》つて打付《ぶつつ》けた。爺|吃驚《びつくり》して「竿持つて來るのは止めるから、早く降りて呉れ、旦那でも來れあ俺が叱られるから。」と云ふ。「そんなら降りてやるが、降りてから竿なんぞ持つて來るなら、石|打付《ぶつつ》けてやるぞ。」つて僕はズル/\辷り落ちた。そして、投げつけた林檎の大きいのを五つ六つ拾つて、出て來て見ると誰も居ないんだ。何處まで逃げたんだか、馬鹿な奴等だと思つて、僕は一人でそれを食つたよ。實に美味《うま》かつたね。』
『二十三で未だ其氣なんだから困つちまうよ。』
『其晩、窃《そつ》と一人で大きい笊《ざる》を持つて行つて、三十許り盜んで來て、僕に三つ呉れたのは、あれあ誰だつたらう、忠志君。』
 忠志君は苦い顏を
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