方と二人ツ限《き》りになると、泣きたくなツたりして。』
肇さんは、恁《かう》云ツて、温和《あたゝか》い微笑を浮かべ乍ら、楠野君の顏を覗き込んだ。
『僕も然《さう》だよ。日頃はこれでも仲々意氣の盛んな方なんだが、昨夜君と逢ツてからといふもの、怎《どう》したもんか意氣地の無い事を謂ひたくなる。』
『一體|何方《どつち》が先きに弱い音を吹いたんだい。』
『君でもなかツた樣だね。』
『君でもなかツた樣だね。』
『何方《どつち》でも無いのか。』
『何方でも無いんだ。ハハヽヽヽヽ。』と笑つたが、『胸に絃《いと》があるんだよ。君にも、僕にも。』
『これだね。』と云ツて、楠野君は礑《はた》と手を拍《う》つ。
『然だ、同じ風に吹かれて一緒に鳴り出したんだ。』
二人は聲を合せて元氣よく笑ツた。
『兎も角|壯《さか》んにやらうや。』と楠野君は胸を張る。
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。やるとも。』
『僕は少し考へた事もあるんだ。怎《どう》せ君は、まあ此處に腰を据ゑるんだらう。』
『喰ひ詰めるまで置いて貰はう。』
『お母さんを呼ばう。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。呼ばう。』
『呼んだら來るだらう。』
『來てから何を喰はせる。』
『那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》心配は不要《いらん》よ。』
『不要《いらない》こともない。僕の心配は天下にそれ一つだ。今まで八圓ぢや仲々喰へなかつたからね。』
『大丈夫だよ。那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》事は。』
『然《さう》かへ。』
『まあ僕に委せるさ。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》、任せよう。』
『忠志君の話の方が駄目にしても、何か必ず見付けるよ。』
『然か。』
『君は英語が巧い筈だツけね。』
『筈には筈だツけが、今は怎《どう》だかな。』
『まあ可《いゝ》さ。但し當分は先づ食ツて行けるだけでも、仕方がないから辛抱するさ。』
『委《まか》せたんだから、君が可《い》い樣にしてくれるさ。』
『秋まで辛抱してくれ給へ。そしたら何か必ず行《や》らう、ね君。』
『※[#「口+云」、第3水準1−14−87]。やるとも。』と云ツて、肇さんは復仰向になつた。
會話《はなし》が斷《き》れると、浪の
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