氷屋の旗
石川啄木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凝乎《ぢつ》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)唯|浅猿《あさま》しく

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)離れ/\
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 親しい人の顔が、時として、凝乎《ぢつ》と見てゐる間《うち》に見る見る肖《に》ても肖つかぬ顔――顔を組立ててゐる線と線とが離れ/\になつた様な、唯不釣合な醜い形に見えて来る事がある。それと同じ様に、自分の周囲の総ての関係が、亦時として何の脈絡も無い、唯|浅猿《あさま》しく厭はしい姿に見える。――恁《か》うした不愉快な感じに襲はれる毎に、私は何の理由もなき怒り――何処へも持つて行き処の無い怒を覚える。
 双肌《もろはだ》脱いだ儘|仰向《あふむけ》に寝転んでゐると、明放した二階の窓から向ひの氷屋の旗《フラフ》と乾き切つた瓦屋根と真白い綿を積み重ねた様な夏の雲とが見えた。旗《フラフ》は戦《そよ》と風もない炎天の下に死んだ様に低頭《うなだ》れて襞《ひだ》一つ揺がぬ。赤い縁だけが、手が触つたら焼けさうに思はれる迄燃えてゐる。
 私も
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