、手も足も投出した儘動かなかつた。恰《あたか》も其氷屋の旗が、何かしら為《し》よう/\と焦心《あせ》り乍ら、何もせずにゐる自分の現在の精神の姿の様にも思はれた。そして私の怒りは隣室でバタ/\団扇を動かす家《うち》の者の気勢《けはひ》にも絶間なく煽られてゐた。胸に湧出る汗は肋骨《あばらぼね》の間を伝つてチヨロリ/\と背の方へ落ちて行つた。
不図《ふと》、優しい虫の音が耳に入つた。それは縁日物の籠に入れられて氷屋の店に鳴くのである。――私は昔自分の作つた歌をゆくりなく旅先で聴く様な気がした。そして、正直のところ、嬉しかつた。幼馴染《をさななじみ》の浪漫的《ロマンチツク》――優しい虫の音は続いて聞えた――
それも暫時《しばし》。夏ももう半ばを過ぎるのだと思ふと、汗に濡れた肌の気味の悪さ。一体何を自分は為る事があるのだらうと思ひ乍ら、私は復死んだ様な氷屋の旗《フラフ》を見た。
底本:「日本の名随筆18 夏」作品社
1984(昭和59)年4月25日第1刷発行
底本の親本:「石川啄木全集 第四巻」筑摩書房
1980(昭和55)年3月
初出:「東京毎日新聞」
1909(明
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