無いか。」と言ふ。よし行かうといふ事になつて、色々秘密相談が成立つた。其新聞には野口雨情君も行くのだと小国君が言ふ。「甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》人だい。」と訊《き》くと、「一二度逢つたが、至極|穏和《おとなし》い丁寧な人だ。」と言ふ。予は然し、実のところ其言を信じなかつた。何故といふ事もないが、予は、新体詩を作る人と聞くと、怎《どう》やら屹度自分の虫の好かぬ人に違ひないといふ様な気がする。但し逢つてみると、大抵の場合予の予想が見ン事はづれる。野口君の際もそれで、同月二十三日の晩、北一条西十丁目幸栄館なる小国君の室で初めて会した時は、生来礼にならはぬ疎狂の予は少なからず狼狽した程であつた。気障《きざ》も厭味《いやみ》もない、言語《ことば》から挙動《ものごし》から、穏和《おとなし》いづくめ、丁寧づくめ、謙遜づくめ。デスと言はずにゴアンスと言つて、其度|些《ちよい》と頭を下げるといつた風《ふう》。風采は余り揚つてゐなかつた。イをエと発音し、ガ行の濁音を鼻にかけて言ふ訛が耳についた。小樽行《をたるゆき》の話が確定して、鮪《まぐろ》
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