すべて忘れしごとし。
昨日まで朝から晩《ばん》まで張りつめし
あのこころもち
忘れじと思へど。
戸の面《も》には羽子《はね》突《つ》く音す。
笑う声す。
去年の正月にかへれるごとし。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
腹の底より欠伸《あくび》もよほし
ながながと欠伸してみぬ、
今年の元日。
いつの年も、
似たよな歌を二つ三つ
年賀の文《ふみ》に書いてよこす友。
正月の四日《よつか》になりて
あの人の
年《ねん》に一度の葉書《はがき》も来にけり。
世におこなひがたき事のみ考へる
われの頭よ!
今年もしかるか。
人がみな
同じ方角《ほうがく》に向いて行《ゆ》く。
それを横より見てゐる心。
いつまでか、
この見飽《みあ》きたる懸額《かけがく》を
このまま懸けてておくことやらむ。
ぢりぢりと、
蝋[#「鑞」の「金へん」を代えて「虫」]燭の燃えつくるごとく、
夜となりたる大晦日《おほみそか》かな。
青塗《あをぬり》の瀬戸の火鉢によりかかり、
眼閉《と》ぢ、眼を開《あ》け、
時を惜《をし》めり。
何《なん》となく明日はよき事あるごとく
思ふ心を
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