をうれしと思へる。

枕辺《まくらべ》の障子《しやうじ》あけさせて、
空を見る癖《くせ》もつけるかな――
 長き病に。

おとなしき家畜のごとき
 心となる、
熱やや高き日のたよりなさ。

何か、かう、書いてみたくなりて、
ペンを取りぬ――
花活《はないけ》のあたらしき朝。

放《はな》たれし女のごとく、
わが妻の振舞《ふるま》ふ日なり。
 ダリヤを見入る。

あてもなき金《かね》などを待つ思ひかな。
 寝つ起きつして、
 今日も暮したり。

何もかもいやになりゆく
この気持よ。
 思ひ出しては煙草《たばこ》を吸ふなり。

或《あ》る市《まち》にゐし頃の事として、
 友の語る
恋がたりに嘘《うそ》の交《まじ》るかなしさ。

ひさしぶりに、
 ふと声を出して笑ひてみぬ――
蝿《はひ》の両手を揉《も》むが可笑《をか》しさに。

胸いたむ日のかなしみも、
 かをりよき煙草の如《ごと》く、
 棄《す》てがたきかな。

何か一つ騒ぎを起してみたかりし、
 先刻《さつき》の我を
 いとしと思へる。

五歳になる子に、何故《なぜ》ともなく、
ソニヤといふ露西亜名《ロシアな》をつけて、
 呼びてはよろ
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