かなしくあるがな。

ふるさとを出《い》でて五年《いつとせ》、
 病《やまひ》をえて、
かの閑古鳥を夢にきけるかな。

閑古鳥――
 渋民村《しぶたみむら》の山荘《さんさう》をめぐる林の
 あかつきなつかし。

ふるさとの寺の畔《ほとり》の
 ひばの木の
いただきに来て啼《な》きし閑古鳥!

脈をとる手のふるひこそ
かなしけれ――
 医者に叱られし若き看護婦!

いつとなく記憶《きおく》に残りぬ――
Fといふ看護婦の手の
 つめたさなども。

はづれまで一度ゆきたしと
 思ひゐし
かの病院の長廊下かな。

起きてみて、
また直《す》ぐ寝たくなる時の
 力なき眼に愛《め》でしチュリップ!

堅《かた》く握《にぎ》るだけの力も無くなりし
やせし我が手の
 いとほしさかな。

わが病《やまひ》の
 その因《よ》るところ深く且《か》つ遠きを思ふ。
 目をとぢて思ふ。

かなしくも、
 病《やまひ》いゆるを願はざる心我に在《あ》り。
何《なん》の心ぞ。

新しきからだを欲しと思ひけり、
 手術の傷《きず》の
 痕《あと》を撫《な》でつつ。

薬のむことを忘るるを、
 それとなく、
たのしみ
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング