者の顔色をぢっと見し外《ほか》に
何も見ざりき――
 胸の痛み募《つの》る日。

 病《や》みてあれば心も弱るらむ!
さまざまの
泣きたきことが胸にあつまる。

寝つつ読む本の重さに
 つかれたる
手を休めては、物を思へり。

今日はなぜが、
 二度も、三度も、
 金側《きんかわ》の時計を一つ欲しと思へり。

いつか是非《ぜひ》、出《だ》さんと思ふ本のこと、
表紙のことなど、
 妻に語れる。

胸いたみ、
春の霙《みぞれ》の降る日なり。
 薬に噎《む》せて、伏《ふ》して眼をとづ。

あたらしきサラドの色の
 うれしさに、
箸《はし》をとりあげて見は見つれども――

子を叱《しか》る、あはれ、この心よ。
 熱高き日の癖《くせ》とのみ
 妻よ、思ふな。

運命の来て乗れるかと
 うたがひぬ――
蒲団《ふとん》の重き夜半《よは》の寝覚《ねざ》めに。

たへがたき渇《かわ》き覚《おぼ》ゆれど、
 手をのべて
 林檎《りんご》とるだにものうき日かな。

氷嚢のとけて温《ぬく》めば、
おのづから目がさめ来《きた》り、
 からだ痛める

いま、夢に閑古鳥《かんこどり》を聞けり。
 閑古鳥を忘れざりし
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