。
何《なん》となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪《つめ》を切る。
うっとりと
本の挿絵《さしゑ》に眺め入り、
煙草《たばこ》の煙吹きかけてみる。
途中にて乗換《のりかへ》の電車なくなりしに、
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。
二晩《ふたばん》おきに、
夜《よ》の一時頃に切通《きりどほし》の坂を上《のぼ》りしも――
勤《つと》めなればかな。
しっとりと
酒のかををりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。
今日《けふ》もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖《くせ》を知りつつ。
何事か今我つぶやけり。
かく思ひ、
目をうちつぶり、酔《ゑ》ひを味《あじは》ふ。
すっきりと酔ひのさめたる心地《ここち》よさよ!
夜中に起きて、
墨《すみ》を磨《す》るかな。
真夜の中の出窓《でまど》に出《い》でて、
欄干《らんかん》の霜に
手先を冷《ひ》やしけるかな。
どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり恐《おそ》るる。
手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき寝覚《ねざめ》!
かなしき寝覚!
朝な朝な
撫《な》でてかなしむ、
下にして寝た方
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング