歌集
悲しき玩具
―一握の砂以後―
石川啄木

−−

呼吸《いき》すれば、
胸の中《うち》にて鳴る音あり。
 凩《こがらし》よりもさびしきその音!

眼《め》閉《と》づれど、
心にうかぶ何もなし。
 さびしくも、また、眼をあけるかな。

途中にてふと気が変り、
つとめ先を休みて、今日も、
河岸《かし》をさまよへり。

咽喉《のど》がかわき、
まだ起きてゐる果物屋《くだものや》を探しに行きぬ。
秋の夜ふけに。

遊びに出《で》て子供かへらず、
取り出して
走らせて見る玩具《おもちや》の機関車。

本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど
妻に言ひてみる。

旅を思ふ夫《をつと》の心!
叱《しか》り、泣く、妻子《つまこ》の心!
朝の食卓!

家《いへ》を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――

痛む歯をおさへつつ、
日が赤赤《あかあか》と、
冬の靄《もや》の中にのぼるを見たり。

いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ湧《わ》き来《き》ぬ、
深夜の町町《まちまち》。

なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
湯気《ゆげ》がやはらかに、顔にかかれり
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