叱《しか》りて眠る。

過ぎゆける一年のつかれ出《で》しものか、
元日といふに
うとうと眠し。

それとなく
その由《よ》るところ悲しまる、
元日の午後の眠《ねむ》たき心。

ぢっとして、
蜜柑《みかん》のつゆに染まりたる爪《つめ》を見つむる
心もとなさ!

手を打ちて
眠気《ねむけ》の返事きくまでの
そのもどかしさに似たるもどかしさ!

やみがたき用を忘れ来《き》ぬ――
途中にて口に入れたる
ゼムのためなりし。

すっぽりと蒲団《ふとん》をかぶり、
足をちぢめ、
舌を出してみぬ、誰《たれ》にともなしに。

いつしかに正月も過ぎて、
わが生活《くらし》が
またもとの道にはまり来《きた》れり。

神様と議論して泣きし――
あの夢よ!
四日《か》ばかりも前の朝なりし。

家《いへ》にかへる時間となるを、
ただ一つの待つことにして、
今日も働けり。

いろいろの人の思はく
はかりかねて、
今日もおとなしく暮らしたるかな。

おれが若《も》しこの新聞の主筆《しゆひつ》ならば、
やらむ――と思ひし
いろいろの事!

石狩《いしかり》の空知郡《そらちごほり》の
牧場のお嫁《よめ》さんより送り来《き》し
バタかな。

外套《ぐわいたう》の襟《えり》に頤《あご》を埋《うづ》め、
夜ふけに立どまりて聞く。
よく似た声かな。

Yといふ符牒《ふてふ》、
古日記《ふるにつき》の処処《しよしよ》にあり――
Yとはあの人の事なりしかな。

百姓の多くは酒をやめしといふ。
もっと困《こま》らば、
何をやめるらむ。

目さまして直《す》ぐの心よ!
年よりの家出の記事にも
涙出《い》でたり。

人とともに事をはかるに
適《てき》せざる、
わが性格を思ふ寝覚《ねざめ》かな。

何《なに》となく、
案外《あんがい》に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。

自分よりも年若き人に、
半日も気焔《きえん》を吐《は》きて、
つかれし心!

珍《めづ》らしく、今日は、
議会を罵《ののし》りつつ涙出《い》でたり。
うれしと思ふ。

ひと晩に咲かせてみむと、
梅の鉢《はち》を火に焙《あぶ》りしが、
咲かざりしかな。

あやまちて茶碗をこはし、
物をこはす気持のよさを、
今朝《けさ》も思へる。

猫の耳を引っぱりてみて、
にゃと啼《な》けば、
びっくりして喜ぶ子供の顔かな。

何故《なぜ》かうかとなさけなくなり、
弱い心を何度も叱《しか》り、
金かりに行く。

待てど待てど、
来る筈《はず》の人の来ぬ日なりき、
机の位置を此処《ここ》に変へしは。

古新聞!
おやここにおれの歌の事を賞《ほ》めて書いてあり、
二三行《ぎやう》なれど。

引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、
女の写真!
忘れゐし写真!

その頃は気もつかざりし
仮名《かな》ちがひの多きことかな、
昔の恋文《こひぶみ》!

八年前《はちねんぜん》の
今のわが妻の手紙の束《たば》!
何処《どこ》の蔵《しま》ひしかと気にかかるかな。

眠られぬ癖《くせ》のかなしさよ!
すこしでも
眠気《ねむけ》がさせば、うろたへて寝る。

笑ふにも笑はれざりき――
長いこと捜《さが》したナイフの
手の中《うち》にありしに。

この四五年、
空を仰《あふ》ぐといふことが一度もなかりき。
かうもなるものか?

原稿紙にでなくては
字を書かぬものと、
かたく信ずる我が児《こ》のあどけなさ!

どうかかうか、今月も無事《ぶじ》に暮らしたりと、
外《ほか》に欲もなき
晦日《みそか》の晩かな。

あの頃はよく嘘《うそ》を言ひき。
平気にてよく嘘を言ひき。
汗が出《い》づるかな。

古手紙よ!
あの男とも、五年前は、
かほど親しく交《まじ》はりしかな。

名は何《なん》と言ひけむ。
姓は鈴木なりき。
今はどうして何処《どこ》にゐるらむ。

生れたといふ葉書《はがき》みて、
ひとしきり、
顔をはれやかにしてゐたるかな。

そうれみろ、
あの人も子をこしらへたと、
何か気の済《す》む心地《ここち》にて寝る。

『石川はふびんな奴《やつ》だ。』
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。

ドア推《お》してひと足《あし》出《で》れば、
病人の目にはてもなき
長廊下《らうか》かな。

重い荷を下《おろ》したやうな、
気持なりき、
この寝台《ねだい》の上に来《き》ていねしとき。

そんならば生命《いのち》が欲しくないのかと、
医者に言はれて、
だまりし心!

真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
蒲団《ふとん》をかぶれる。

話しかけて返事のなきに
よく見れば、
泣いてゐたりき、隣の患者《くわんじや》。

病室の窓にもたれて、
久しぶりに巡査を見たりと、
よろこべるかな。

晴れし日のかなしみの一つ!
病室の窓にもたれて
煙草《たばこ》を味
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