田園の思慕
石川啄木
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)嗤《わら》ふ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)だん/\
−−
獨逸の或小説家がその小説の中に、田園を棄てて相率ゐて煤煙と塵埃とに濁つた都會の空氣の中に紛れ込んで行く人達の運命を批評してゐるさうである。さうした悲しい移住者は、思ひきりよく故郷と縁を絶つては來たものの、一足都會の土を踏むともう直ぐその古びた、然しながら安らかであつた親讓りの家を思ひ出さずにはゐられない。どんな神經の鈍い田舍者にでも、多量の含有物を有つてゐる都會の空氣を呼吸するには自分の肺の組織の餘りに單純に出來てゐるといふ事だけは感じられるのである。かくて彼等の田園思慕の情は、その新しい生活の第一日に始まつて、生涯の長い劇しい勞苦と共にだん/\深くなつてゆく。彼等は都會の何處の隅にもその意に適つた場所を見出すことはない。然し一度足を踏み入れたら、もう二度とそれを拔かしめないのが、都會と呼ばるる文明の泥澤の有つて
次へ
全5ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング