中に唯一人の頼りにして、嘗《かつ》て自分等の村の役場に、盛岡から来てゐた事のある助役様の内儀《おかみ》さんよりも親切な人だと考へてゐた。
 お吉が二人に物言ふさまは、若し傍《はた》で見てゐる人があつたなら、甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》に可笑しかつたか知れぬ。言葉を早く直さねばならぬと言つては、先づ短いのから稽古せよと、『かしこまりました。』とか、『行つてらツしやい。』とか、『お帰んなさい。』とか、『左様《さい》でございますか。』とか、繰返し/\教へるのであつたが、二人は胸の中でそれを擬《ま》ねて見るけれど、仲々お吉の様にはいかぬ。郷里《くに》言葉の『然《そ》だすか。』と『左様《さい》でございますか。』とは、第一長さが違ふ。二人には『で』に許り力が入つて、兎角『さいで、ございますか。』と二つに切れる。
『さあ、一つ口に出して行《や》つて御覧なさいな。』とお吉に言はれると、二人共すぐ顔を染めては、『さあ』『さあ』と互ひに譲り合ふ。
 それからお吉はまた、二人が余り穏《おと》なしくして許りゐるので、店に行つて見るなり、少許《すこし
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