?』
二人は目を見合せた。水道とは何の事やら、其話は源助からも聞いた記憶がない。何と返事をして可いか困つてると、
『何でも一通り東京の事知つてなくちや、御奉公に上つても困るから、私と一緒に入来《いらつ》しやい。教へて上げますから』と、お吉は手桶を持つて下り立つた。『ハ。』と答へて、二人も急いで店から自分達の下駄を持つて来て、裏に出ると、お吉はもう五六間|先方《むかう》へ行つて立つてゐる。
何の事はない、郵便函の小さい様なものが立つてゐて、四辺《あたり》の土が水に濡れてゐる。
『これが水道ツて言ふんですよ。可《よ》ござんすか。それで恁《か》うすると水が幾何《いくら》でも出て来ます。』と、お吉は笑ひながら栓を捻《ねぢ》つた。途端に、水がゴウと出る。
『やあ。』とお八重は思はず驚きに声を出したので、すぐに羞《はづ》かしくなつて、顔を火の様にした。お定も口にこそ出さなかつたが、同じ『やあ。』が喉元まで出かけたつたので、これも顔を紅くしたが、お吉は其中に一杯になつた桶と空なのと取代へて、
『さあ、何方《どなた》なり一つ此栓を捻つて御覧なさい。』と、宛然《さながら》小学校の先生が一年生に教へる
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