ア何だか知《おべ》だすか?』
『恵比須大黒だべす。』
 二人は床の間に腰掛けたが、
『お定さん、これア何だす?』と図中の人を指さす。
『槌持つてるもの、大黒様だべアすか。』
『此方《こつち》ア?』
『恵比須だす。』
『すたら、これア何だす?』
『布袋様す、腹ア出てるもの。あれ、忠太|老爺《おやぢ》に似たぜ。』と言ふや、二人は其忠太の恐ろしく肥つた腹を思出して、口に袂をあてた儘、暫しは子供の如く笑ひ続けてゐた。
 階下《した》では裏口の戸を開ける音や、鍋の音がしたので、お八重が先に立つて階段を降りた。お吉はそれと見て、
『まあ早いことお前さん達は。まだ/\寝《やす》んでらつしやれば可いのに。』と、笑顔を作つた。二人は勝手への隔《へだて》の敷居に両手を突いて、『お早エなつす。』を口の中だけに言つて挨拶をすると、お吉は可笑しさに些《ちよつ》と横向いて笑つたが、
『怎もお早う。』と晴やかに言ふ。
 よく眠れたかとか、郷里《くに》の夢を見なかつたかとか、お吉は昨晩《ゆうべ》よりもズツト忸々《なれなれ》しく種々《いろいろ》な事を言つてくれたが、
『お前さん達のお郷里《くに》ぢや水道はまだ無いでせう
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