つて幽かに笑つた。それから二三分の間は、東京ぢや怎して水を汲むだらうと云ふ様な事を考へてゐたが、お八重が寝返りをして此方へ顔を向けた。何夢を見てゐるのか、眉と眉の間に皺を寄せて苦し相に息をする。お定はそれを見ると直ぐ起き出して、声低くお八重を呼び起した。
 お八重は、深く息を吸つて、パツチリと目を開けて、お定の顔を怪訝相《けげんさう》に見てゐたが、
『ア、家《え》に居《え》だのでヤなかつたけな。』と言つて、ムクリと身を起した。それでもまだ得心がいかぬといつた様に周囲《あたり》を見廻してゐたが、
『お定さん、俺《おら》ア今夢見て居《え》だつけおんす。』と甘える様な口調。
『家《え》の方のすか?』
『家《え》の方のす。ああ、可怖《おつかな》がつた。』とお定の膝に投げる様に身を恁せて、片手を肩にかけた。
 其夢といふのは恁《か》うで。――村で誰か死んだ。誰が死んだのか解らぬが、何でも老人《としより》だつた様だ。そして其葬式が村役場から出た。男も女も、村中の人が皆野送の列に加つたが、巡査が剣の束《つか》に手をかけながら、『物を言ふな、物を言ふな』と言つてゐた。北の村端《むらはづれ》から東に折れ
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