、田舎言葉で密々《こそこそ》話し合つた。お土産を持つて来なかつた失策《てぬかり》は、お八重も矢張気がついてゐた。二人の話は、源助さんも親切だが、お吉も亦、気の隔《お》けぬ親切な人だといふ事に一致した。郷里の事は二人共何にも言はなかつた。
訝《をか》しい事には、此時お定の方が多く語つた事で、阿婆摺《あばずれ》と謂はれた程のお八重は、始終受身に許りなつて口寡《くちすくな》にのみ応答してゐた。枕についたが、二人とも仲々眠られぬ。さればといつて、別に話すでもなく、細めた洋燈の光に、互に顔を見ては穏《おとな》しく微笑《ほほゑみ》を交換してゐた。
八
翌朝《あくるあさ》は、枕辺の障子が白み初めた許りの時に、お定が先づ目を覚ました。嗚呼東京に来たのだつけ、と思ふと、昨晩の足の麻痺《しびれ》が思出される。で、膝頭を伸ばしたり曲《かが》めたりして見たが、もう何ともない。階下《した》ではまだ起きた気色《けはひ》がない。世の中が森と沈まり返つてゐて、腕車《くるま》の上から見た雑踏が、何処かへ消えて了つた様な気もする。不図、もう水汲に行かねばならぬと考へたが、否《いや》、此処は東京だつたと思
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