で、父親に死なれて郷里《くに》に帰ると間もなく、目の見えぬ母とお吉と新太郎を連れて、些少《いささか》の家屋敷を売払ひ、東京に出たのであつた。其母親は去年の暮に死んで了つたので。
お茶も出された。二人が見た事もないお菓子も出された。
源助とお吉との会話が、今度死んだ函館の伯父の事、其葬式の事、後に残つた家族共の事に移ると、石の様に堅くなつてるので、お定が足に麻痺《しびれ》がきれて来て、膝頭が疼《うづ》く。泣きたくなるのを漸く辛抱して、凝《じつ》と畳の目を見てゐる辛さ。九時半頃になつて、漸々《やうやう》「疲れてゐるだらうから。」と、裏二階の六畳へ連れて行かれた。立つ時は足に感覚がなくなつてゐて、危く前に仆《のめ》らうとしたのを、これもフラフラしたお八重に抱きついて、互ひに辛さうな笑ひを洩らした。
風呂敷包を持つて裏二階に上ると、お吉は二人前の蒲団を運んで来て、手早く延べて呉れた。そして狭い床の間に些《ちよつ》と腰掛けて、三言四言お愛想を言つて降りて行つた。
二人|限《きり》になると、何れも吻《ほつ》と息を吐いて、今し方お吉の腰掛けた床の間に膝をすれ/\に腰掛けた。かくて十分許りの間
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