たが、大抵源助が引取つて返事をして呉れた。負けぬ気のお八重さへも、何か喉に塞《つま》つた様で、一言も口へ出ぬ。況《ま》してお定は、以後先《これからさき》、怎して那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《あんな》滑かな言葉を習つたもんだらうと、心細くなつて、お吉の顔が自分等の方に向くと、また何か問はれる事と気が気でない。
『阿父様《おとつつあん》、お帰んなさい。』と言つて、源助の一人息子の新太郎も入つて来た。二人にも挨拶して、六年許り前に一度お定らの村に行つた事があるところから、色々と話を出す。二人は再《また》之の応答に困らせられた。新太郎は六年前の面影が殆ど無く、今はもう二十四五の立派な男、父に似ず背が高くて、キリリと角帯を結んだ恰好の好さ、髪は綺麗に分けてゐて、鼻が高く、色だけは昔ながらに白い。
一体、源助は以前《もと》静岡在の生れであるが、新太郎が二歳《ふたつ》の年に飄然《ぶらり》と家出して、東京から仙台盛岡、其盛岡に居た時、恰《あたか》も白井家の親類な酒造家の隣家の理髪店《とこや》にゐたものだから、世話する人あつてお定らの村に行つてゐたの
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