髪を結つて了ふまでに二里過ぎた。あとの三里は権作の無駄口と、二人が稚い時の追憶談《おもひでがたり》。

 理髪師《とこや》の源助さんは、四年振で突然村に来て、七日の間到る所に驩待《くわんたい》された。そして七日の間東京の繁華な話を繰返した。村の人達は異様な印象を享けて一同多少づゝ羨望の情を起した。もう四五日も居たなら、お八重お定と同じ志願を起す者が、三人も五人も出たかも知れぬ。源助さんは満腹の得意を以て、東京見物に来たら必ず自分の家《うち》に寄れといふ言葉を人毎に残して、七日目の午後に此村を辞した。好摩《かうま》のステイシヨンから四十分、盛岡に着くと、約の如く松本といふ宿屋に投じた。
 不取敢《とりあへず》湯に入つてると、お八重お定が訪ねて来た。一緒に晩餐を了へて、明日の朝は一番汽車だからといふので、其晩二人も其宿屋に泊る事にした。
 源助は、唯《たつた》一本の銚子に一時間も費《かか》りながら、東京へ行つてからの事――言葉を可成《なるべく》早く改めねばならぬとか、二人がまだ見た事のない電車への乗方とか、掏摸《すり》に気を付けねばならぬとか、種々《いろいろ》な事を詳《くど》く喋つて聞かし
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